私の出産秘話。切迫流産、切迫早産の時のこと

妊娠発覚時から、少量の出血が続いていました。
なんとか安定期になり、出血も止まり、一安心。
赤ちゃんはすくすく大きくなりました。
平均より、常に大き目な息子。
動きも激しく、元気な様子でした。
しかし、大きめに育っていたせいなのかわかりませんが
子宮頸管長が短めと言われ、安静にして過ごすこととなりました。
1週間後の検診で今度はおなかの張りが規則的に来ており、緊急入院となりました。
33週目の時でした。
初めての入院。24時間の点滴…
切迫早産という診断です。
基本的にはベッドの上から動けません。
1週間以上、シャワーも浴びることができませんでした。
それが何よりきつかったなぁ。
旦那さんが面会に来てくれるたびに、ドライシャンプーという
水なしでできるシャンプーをしてくれました。
それがすごくうれしかったです。
点滴を外したらすぐに生まれちゃうよ、と脅かされていたけど
結局生まれることなく退院となり…
10日後に計画分娩となり、少し大き目の元気な男の子を出産することができました。

世田谷一家殺人事件の遺族の活動のドキュメントを見て

世田谷一家殺人事件で妹家族を失った女性が同じように大切な人を亡くした人の為にグリーフケアの活動をされているそうです。
その様子をドキュメンタリーで報道されているのを見ました。
殺人の被害者遺族だけではなく大切な人を亡くした悲しみからは簡単に立ち直れる人ばかりではありませんからね。
だからこのようなケアをすることは大事だと思いました。
小学校で子供達に公演をしていたのですが、「周りに困っている人・悩んでいる人がいたら何か助けてあげたいと思うかも知れないけどとにかく相手の話を聞いてあげることが重要だ」と話していたことが印象的でした。
また、ショックな話も聞いてしまいました。
殺されてしまった家族には二人の子供がいて下の子は男の子でしたが、遺族である入江さんは実の母親に「弟は殺されてしまっても仕方なかったかもね」のようなことを言われて頭に来たそうです。
弟の方は発達障害を持っていたとのことで、孫に対してどうしてそんな感情を持てるのだろうと悲しくなりました。